SiCパワー半導体とは | 最新の市場・技術動向から、今知っておくべき見通しや課題を解説

電気自動車(EV)や再生可能エネルギーをより高効率化するため、次世代材料「シリコンカーバイド(SiC)」で製造したパワー半導体の利用が拡大しています。その技術開発や市場の動向、将来性を解説します。

<目次>

・SiCへの注目はEVの性能向上への期待から
・そもそもSiCパワー半導体とは?
・SiCと他材料の関係。SiCはシェア率40%の見通しも
・市場成長と応用拡大に向けたSiCデバイスの課題
・世界中で進むSiCウエハーとデバイスの製造工場増強
・SiCデバイスとウエハーの技術開発動向
・まとめ | ますます期待が高まるSiC半導体
 

SiCへの注目はEVの性能向上への期待から

世界中のクルマが、電気自動車(EV)などの電動車に置き換わる時代がすぐそこまで来ており、パワー半導体の領域では、新材料であるシリコンカーバイド(SiC)の活用に注目が集まっています。その理由は、これからモビリティーの主流となるEVの付加価値向上にSiCをベースにして作ったパワー半導体の活用が不可欠だとみなされているからです(図1)。

図1  デンソーが開発した、SiCパワー半導体を用いたインバータ。電動駆動モジュールに組み込まれて、2023年3月30日発売開始のLEXUS初の電気自動車(BEV)専用モデル、新型「RZ」に搭載された。
出所:デンソー「デンソー初、SiCパワー半導体を用いたインバータを開発 」

電動車においては、モーターや電池、パワー半導体を適用した駆動回路などのコア部品の性能や品質は、電動車の価値に直結します。そのため、より価値の高い電動車を実現するためには、電動車への応用に最適化して開発された高機能・高性能・高品質を備えた部品が求められます。

こうした背景から、インバータと呼ばれる電動車の推進力を生み出すトラクションモーターの駆動回路を構成する部品一つひとつを見直して作り直す作業が進められています。目的は、車両の走行距離の延長、重量の軽減、車室空間の拡大、そして安全性の向上などです。

インバータは、高電圧・大電流の電力を操るパワー半導体を中心に構成されます。これまでにも多くの電動車が市場投入され、広く普及していますが、一般的なインバータに使われていたパワー半導体のほとんどは、シリコン(Si)をベースにしたものでした。ところが、Siベースのパワー半導体を改良しても、劇的な性能改善が望めなくなってきました。そこで、新たな半導体材料を導入し、性能を一気に底上げしようとする動きが活発化しています。Siに代わって、新たに導入が検討されている半導体材料がSiCなのです。
 

そもそもSiCパワー半導体とは?

SiCには、Siよりもパワー半導体の材料として優れた数々の特性があります。

SiCは半導体材料の中でもワイドバンドギャップ半導体と呼ばれ、バンドギャップがSiの3倍程度、絶縁破壊電界強度が10倍程度、熱伝導率が3倍程度高いことが特長の材料です。これらの材料特性が高耐熱、高耐圧(低抵抗)、高放熱といったパワー半導体に要求される性能を活かすことにつながっています。

さらにSiCはSiと同様にゲート酸化膜(SiO2)とp型層が形成できるため、代表的なスイッチングデバイスであるMOSFET(Metal Oxide Field Effect Transistor)が構造的に可能となります。このことからSiで培われたパワーエレクトロニクスの基盤技術が応用できるため、ほかのワイドバンドギャップデバイスに比べていち早く製品化が可能となりました。

図2 半導体材料の物性とパワー半導体材料としての適正を示すバリガ性能指数

パワー半導体の素材に適したSiCの物性

パワー半導体の素材としての適性は、絶縁破壊電界強度(耐圧に影響)、移動度(動作速度に影響)、熱伝導率(動作温度に影響)など、複数の物理特性を総合評価することで決まります。そして、Siを1として総合適性を定量化した「バリガ性能指数」と呼ぶ指標で比較すると、SiCは500と極めて高い値になります。

一般に、大電力を扱う回路では、動作時に大量の熱を放出します。このため、パワー半導体を安定動作させるためには、大型で複雑な冷却システムを併用する必要がありました。SiCならば、低損失であるため温度上昇が少なく、こうした冷却システムを簡素化し、クルマを含む応用機器の小型化やコスト削減も実現できます。
 

SiCと他材料の関係。SiCはシェア率40%の見通しも

SiCと同様にパワー半導体の素材として実用化している材料に、窒化ガリウム(GaN)があります(バンドギャップは3.39eV)。現状で、SiCデバイスとGaNデバイスは、応用機器で求められる耐圧が600V近辺を境に、低い領域ではGaN(横型GaNデバイス)、高い領域ではSiCというおおよその棲み分けができています。

また、現時点では、SiCデバイスの導入メリットが高い応用でも、Siデバイスが多く利用されているのが現状です。富士経済の調査によると、2023年のパワー半導体の世界市場は3兆186億円となると見込まれています。そのうちの約92%に当たる2兆7833億円がSiデバイスです。SiCデバイスは7%強に当たる2293億円にすぎません。これは、SiCデバイスの価格がまだ高いこと、さらにはSiCデバイスの高い潜在能力を引き出す利用技術や周辺部品が十分用意されていないことが背景にあります。

ただし、2035年には、パワーデバイス全体の世界市場が13兆4302億円へと成長する中で、SiCデバイスが占める割合は約40%にまで拡大し、市場規模が5兆3300億円まで成長すると予測されています。

SiCデバイスは、2001年にドイツのインフィニオン・テクノロジーズがショットキー・バリア・ダイオード(ダイオードの一種)を、2010年にはロームがMOSFET(トランジスタの一種)を商品化したことで応用開拓が始まりました。(出所1出所2 )現在では、世界中の複数の半導体メーカーがSiCデバイスのビジネスに参入し、選択肢の幅が広がっています。電力損失を抑えたモーター駆動回路や電力変換器を実現できるSiCデバイスは、脱炭素化を目指す社会の中で、電気電子機器の省エネルギー化を推し進めるためのキーデバイスとして期待されています。そして、鉄道用のインバータや太陽光発電施設の電力変換回路など、高電圧・大電流の電力を扱う、産業用の機器や設備を中心に利用を拡大させてきました。
 

市場成長と応用拡大に向けたSiCデバイスの課題

これからSiCデバイスは、電動車用を応用の主軸として、市場が成長していくとみられます。そして、これまでよりケタ違いに大量のSiCデバイスが利用されるようになることでしょう。

しかしながら、SiCデバイスがその地位を確実にするためには、安定した製造体制の確立、加えて厳しい信頼性評価の実施による豊富なデータの蓄積に裏付けられた段違いの高信頼性化(高品質化)、そして低コスト化を実現する技術開発の進歩が必須になります。
 

世界中で進むSiCウエハーとデバイスの製造工場増強

SiCデバイスの需要激増を見据えて、世界中の半導体メーカーが、次々と、SiCデバイスおよび製造の起点となるウエハーの増産体制を整えています(図3)。

図3 インフィニオンがマレーシアのクリムに建設するSiCとGaN共用工場の完成予想図
出所:Infineon Technologies 「インフィニオン、マレーシアのクリムに世界最大の200 mm SiC パワーファブを建設 」

先行するインフィニオン 、20億ユーロでSiCとGaNの専用工場建設

例えば、パワー半導体最大手のインフィニオンは、現時点ではオーストリアのフィラッハの8インチ対応の工場でSiCデバイスを製造しています。加えて、既に20億ユーロ(約2600億円)を投じて、マレーシアのクリムにSiCとGaNの専用工場の建設に着手。2024年後半の量産出荷開始を予定しています(出所1出所2 )。

一方、テスラに自社製SiCデバイスが採用されたことでビジネスが拡大したスイスのSTMicroelectronicsは、今後5年間で7億3000万ユーロ(約950億円)を投じて、イタリアに保有しているSiCデバイスの製造施設に併設するかたちで、6インチSiCウエハーの新工場を建設しています(出所 )。ウエハーとデバイスの一貫生産体制を確立することで、安定供給を可能にすることが狙いです。
 

ロームが生産能力を6.5倍に増強

日本国内では、ロームが、2022年12月に福岡県のローム・アポロ筑後工場の敷地内に新製造棟を設置。生産能力を2021年度比6.5倍にまで高めました。さらに、2023年10月末には、かつてソーラーフロンティアが太陽電池の生産に活用していた宮崎県の旧国富工場を取得し、ここで2024年末からSiCデバイスの製造を開始する予定です(出所 )。国富工場が稼働すれば、2030年度には2021年度比35倍にまで生産能力が拡大できるそうです・当初は6インチでの生産ですが、2025年度に向けて8インチでの生産に移行していく予定です。
 

三菱電機、富士電機、東芝ともにSiCウエハー製造体制を強化

三菱電機は、約1,000億円を投資して熊本県泗水地区にSiCウエハーの新工場棟建設とデバイス製造用設備の増強を実施します(出所 )。8インチ対応と徹底した自動化によって、高い生産効率を実現する計画です。

東芝は2025年度までに自社でウエハー基板上に成膜できる体制を整え、SiCウエハーの内製化を目指します。これまで、同社グループの東芝デバイス&ストレージは、昭和電工からパワー半導体用のSiCエピウエハーを調達し、その上に電極などを形成してパワー半導体に仕上げていました。富士電機も、青森県五所川原市の工場にSiC対応ラインを導入する計画を明らかにしています。
 

SiCデバイスとウエハーの技術開発動向

SiCデバイスのさらなる性能向上や高信頼性化、低コスト化を実現するため、ウエハーとデバイスそれぞれの製造技術をさらに進化させる取り組みが進められています。技術開発の大きな方向性を紹介します。
 

 SiCデバイスはトレンチ型が主流へ

まずは、デバイスでの技術開発の動き。SiC MOSFETが世界で初めて市場投入した際に採用していたデバイス構造は、比較的単純なプレーナ型と呼ばれるものでした。ただし、性能向上や素子小型化が困難な点が課題でした。その後、素子の小型化と集積化に向き、低損失な素子を高い信頼性(高ノイズ耐性)で実現可能な素子の動作を制御するゲートを掘り下げた構造のトレンチ型に改良されました(図4)。トレンチ型の構造は、継続的に改良が進められており、例えばロームのSiC MOSFETは、現在第4世代(第1世代のプレーナ型含む)となっています(出所 )。現在、商品化されているSiCデバイスでは、トレンチ型が主流なっています。
 

図4 SiCデバイスの構造は、プレーナ型からトレンチ型へと進化
出所:三菱電機 の資料をもとにRX Japanで作成

SiCモジュール製品の開発が活発化

さらに、多くのSiCデバイスメーカーが、複数個のSiCデバイス、およびそれらを駆動するドライバICを1パッケージ集積したモジュール製品を盛んに開発するようになりました。SiCデバイスの優れた潜在能力は、ドライバICを最適化しないと引き出すことができません。複数個のデバイスを集積することで小型化し、使い勝手を良くするのと同時に、SiCデバイスとドライバICの特性を擦り合せて開発し、回路レベルでの性能を向上させる取り組みが活発化しています(出所1出所2 )。
 

 SiCウエハーの高品質化に向けて結晶成長法改善

次は、ウエハーでの技術開発の動きです。SiCウエハーの高品質化を目指して、結晶成長法を改善する取り組みが進められています。例えばデンソーは、「RAF(Repeated A-Face)法」と呼ばれる、従来法よりも欠陥が2~3ケタ少ない結晶を作る手法を開発しました。これによって、デバイスレベルでの製造歩留まりが高まるとともに、信頼性も高まると期待されています。また、SiCの素材を有効利用する動きも出てきています。インフィニオンは、SiCウエハーを有効利用する技術「Cold Split」の量産適用を進めています(出所 )。Cold Splitとは、1枚の処理済みSiCウエハーを水平方向にスライスし、2枚のウエハーに分割して、同じ量の材料で2倍のデバイスを形成する技術です。
 

まとめ | ますます期待が高まるSiC半導体

SiCデバイスは、これから高い信頼性と低コストが同時に要求される電動車への応用が広がることで、急激に市場成長することが予想されます。そして、電動車向け市場を見据えて製造能力が増強されることで、大量生産による低価格化が進み、他の応用でも利用しやすくなることでしょう。SiCデバイスを活用したパワーエレクトロニクスの領域での進化から目が離せません。
 

監修・執筆者情報

監修:高橋 良和

経歴:
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター 研究開発部門長 教授
文部科学省 革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業パワエレ回路システム領域「脱炭素社会に貢献する集積化パワーエレクトロニクス」研究代表

 

執筆:伊藤 元昭 

経歴:富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。

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